[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

November 27, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.11

11.jpg
 ピアノと私の関係は、ちょうど、人生を共に歩いて行く、パートナーのようなもの。ピアノと泣いて、ピアノと笑って、ピアノと悩んだ。ピアノは私より、いつもちょっと前を歩いている。私のすべてを知っていて、泣きたくなったら、その白と黒の両腕を広げて、受け止めてくれるし、煮詰まって難しい顔をしていれば、私が喋るまで、黙って待っていてくれる。

 ピアノは何でも知っている。モーツァルトの楽しみ方も、ヘンデルの美しさも、グノーの優しさも。音楽の喜びを知った時、ピアノはまるで、指揮者のように、私の演奏を導く。


 ピアノ嫌いがすっかりなくなった今、私は、もう一度、ピアノを習い始め、表現することの難しさと喜びを、体感している。音楽って、こんなに美しいんだ! それはまるで、澱みない泉の底をうっとり眺めるような、深い溜め息が出る瞬間だった。それにしても、弾き語りという方法で、私のピアノ嫌いを克服してくれた「歌」には、本当に感謝。そして、この「歌」の存在は、さらに大きくなり、気づけば、素晴らしい先生に出会い、イタリア歌曲を、日本歌曲を知り、ピアノ以上に愛しているのだから、人生って、どこでどう繋がるかわからない。


 ピアノへのトラウマを体験した私は、大きく回り道をしたけれど、むしろそのおかげで、ようやく、音楽という野原が、どんなに広くて、どんなに平等で、どんなに穏やかで寛容か、知ることができた。音楽とは喜びだ。演奏とは表現だ。ああ、泣きたいくらいのトラウマを体験できて、本当に良かった。私にしか表現できない音楽が、これからも生まれていく。一度は自信を失くしたけれど、もう大丈夫だよ。ピアノよ、これからもよろしく。そして、ありがとう!
(おしまい)


※幼稚園の卒園式の後。このワンピース、結構気に入っていたよ。

【お知らせ】年末まで、更新が不定期になります。(本来は毎週水曜日です)

【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 10:03 PM | コメント (2)

[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

November 23, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.10

27.jpg
 弾き語りを覚えてから、私にとって、ピアノと歌は、同じ「音楽」という枠の中で、一体化した。ピアノを弾けば、自然に歌が生まれて、歌を歌えば、自然と鍵盤に触れたくなった。この頃には、もう、ピアノは恐ろしいトラウマの獣ではなく、私を支えてくれる「頼もしい奴」になった。そう。ピアノと私の関係は、友達というには、よそよそし過ぎるし、かといって、家族というほど、血の繋がりも感じない、親しみを込めて、「奴」と呼ぶのが、ちょうど良い関係になったのだ。

 ところで、当時の私は、毎日、日記を書いていた。日記に書く文章は、次第に詩になり、すると、その詩を段々、メロディにしたくなり、私は、ピアノに向かい始めた。メロディ作りは、詩を口ずさみながら、それに合わせてピアノ伴奏をつけるという形で、出来ていった。最初にコードをつけて、後から主旋律を作るといった具合だ。


 最初は、ポップスを真似た歌が生まれた。だけど、その歌が、いまいち面白くなかった。今考えてみれば、あれは、「R&Bとブルースが混ざったポップス風の歌」で、なんだか中途半端だったし、「歌う心地良さ」しか、追求していなかったのだ。独りよがりというか、自己満足というか、外に表現していくには、あまりにひ弱だった。「R&Bとブルースが混ざったポップス風の歌」と割り切れば、それはそれで、良いのだろうけれど、私には、詩そのものを大切にしたい気持ちがあった。自分が心地良いだけの表現でなく、メロディやリズムだけを追った「ミュージック」ではなく、詩歌をきちんと表現できて、且つ、音楽も大切にできるような、一つ一つが、しっかりとした表現。悶々……。


 何でここまで悩むかって、贅沢な私は、詩も音楽も、どちらも捨てられなかったのだ! 詩も書きたかったし、音楽も演奏したかった。二つを一つにできるようなものは、ないかな? そう考えた私は、「ピアノ曲に合わせて詩を朗読する」という、ポエトリー・リーディングに辿り着いたのだ。辿り着いたとはいっても、当時の私は、ポエトリー・リーディングというものがあることさえも知らず、私は私で、独自の方法で、勝手に、詩と音楽を表現していこう、と思っただけだった。この一見、捨て身のような、やっつけ仕事のような行動が、後に、私の活動に欠かせない、KNT Musicをつくることになるんだな。(続く)


※自転車が倒れて、呆然な感じ…。「捨て身」っぽいよね。そして、頭のバンダナは、どちらかといえば、三角巾をしたオバチャン…。

【お知らせ】年末まで、更新が不定期になります。

【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 02:58 PM | コメント (0)

[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

November 13, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.9

01.jpg
 私のピアノ嫌いを克服してくれたもの。それは、だった。歌とピアノ。歌でどうやって、ピアノの克服ができたかと言えば、それは、弾き語りというスタイルだった。

 歌っている時は、トラウマはやって来なかった。なぜなら、歌に集中しているから。歌には詩があるし、その内容を考えていれば、私の頭の中に、トラウマのやって来る隙を与えないのだ。それに、詩は私の心を慰めてくれた。つらい気持ちそれのみを、認めてくれて、傷口を覗く勇気を与えてくれた。ピアノは、トラウマに怯えることなく、私の心を洗い流してくれる楽器となった。


 一番好きな弾き語りは、鬼束ちひろだった。アルバム毎に、ピアノ弾き語り楽譜集というのが販売されていて、それを買っては、大好きな鬼束ちひろを歌った。KOKIAも好きだった。B‘Zのバラードにも挑戦した。『いつかのメリークリスマス』『消えない虹』『もう一度キスしたかった』『ALONE』などなど。大好きな曲を、歌って弾ける喜びというのは、本当に素晴らしいものだ。


 弾き語りを知るまでは、特に人前でピアノを弾くことは、本当に苦痛で、音楽の授業で、ピアノ伴奏を頼まれたら、いかに切り抜けるかばかり、考えていた。指に包帯を巻き、
「怪我をしたので、今日は弾けません」
 と、せこい小細工をして、嘘までついたものだ。あれは絶対に、バレていた……。それも、弾き語りを知ってからは、ピアノ自体に恐怖を覚えなくなったので、気持ちがずっと軽くなった。と言っても、私が弾き語りを知ったのは、大学三年生頃。思えば、中学一年生からずっと、トラウマに縛られていたのだから、本当にもったいない時間を、過ごしてしまったと思う。(続く)


※お台場の船の科学館で。左が私。母親の着ている毛皮のコート。バブルを感じさせます…。

【お知らせ】年末まで、更新が不定期になります。

【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 04:22 PM | コメント (2)

[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

November 07, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.8

30.jpg
 誰かが呼んだのだろう。空き教室で一人、頭の中がめちゃくちゃになって、無言で泣きながら抗議している私の元へ、先程の音楽教師がやって来た。「泣くことじゃないじゃない」と、彼女は言ったが、「泣くことじゃない」んじゃなくて、「泣くほどピアノが嫌」なのだ! どうしてわからないのだろう?

 ピアノなんて大嫌い! そうしていつまでも、泣いていたかったが、立てこもる時間が長ければ長いほど、教室に戻りづらくなる。さすがに、もうやめなくては、と思った私は、帰りのホームルームには、出席した。教室内が、ガヤガヤしているのを利用して、気まずい私は、ササッ! と席に着いた。すると、そんな私を見つけた、斜め後ろの席のT君が、「(私の)演奏、良かったよ」と声をかけてくれたのだ。私は未だに、納得できない気持ちでいっぱいだったが、T君の言葉が、嬉しかった。


 その言葉も有難かったけれど、私がもっと嬉しかったのは、その後。私の隣の席のK君が、「(私の)演奏、良かったよ」と言ったT君に対して、「やめろよ、また泣いちゃうだろう」と、止めてくれたことだ。T君の優しさも、嬉しい。だけど、K君の優しさも、私は好きだな。


 人は、優しくされると、惨めな気持ちになったり、悲しい気持ちが浮き彫りになって、余計、悲しくなってしまったりする。K君のいい所は、そっとしておく優しさとか、言わない優しさとは、またちょっと違う、気の利いた優しさをくれたことだ。あれは、本当に嬉しかったなあ。
(続く)


※すごくいい写真だと思わない? 一番気に入っている写真です。多分、野川公園。ちなみに、左が姉、右が私。普通、逆だよね…。

【お知らせ】来週から、年末まで、更新が不定期になります。

【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 07:21 PM | コメント (0)

[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

October 31, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.7

25.jpg
 私のピアノ嫌いは、尋常じゃなかった。中学三年生の時。この時は、もうピアノ嫌いが始まっていたのだが、そんな中、またもや、合唱コンクールのピアノ伴奏を頼まれたのだった(これでもう、三年目だった)。その日は、音楽の授業で、合唱コンクールで歌う曲の初めての「合わせ」だった。

 曲は、『In Terra Pax(地に平和を)』という、私のピアノ能力を、遥かに超えた技術を要する難しい曲だった。とりあえず、何とか自分で練習はしてみるのだが、どう頑張っても、「合わせ」の日までに、完成させられなかった。それでも、「合わせ」は、しなくてはならない。つっかえがちに弾く私に、音楽教師は、「完全に弾かなくても、弾けないところは、適当に弾いておけばいいのよ」と、ちょっとイラッとして、急かしてきた。そうは言うけれど、編曲の才能でもない限り、中学生に(しかも私に)、適当に弾く音楽技術があるわけがない。適当に弾けるのなら、完璧にだって弾けるさ。


 次第に私は、何で私が?! という気持ちになってきた。というのも、この難曲の伴奏を依頼された時。私は、きっぱり「弾けない」と断ったのだ。ちなみに、この曲は多数決で選ばれた。私は、難易度からしても、『In Terra Pax』は無理だから、『モルダウ』が良いと、そちらに手を挙げた。しかし、ちょっと発言権の強いW君に流されて、(みんなの弱虫…)結局、伴奏者の技術など無視され、『In Terra Pax』に決まってしまった。


 そういう成り行きもあり、私は、何で私が?! という気持ちになったのだ。そして、練習が終わると、私はピアノの蓋を、バン! と閉めて(学校の楽器なのに!)、ツン! と音楽室を立ち去った(まだみんな教室に残っていたのに!)。音楽の授業の後は、確か給食と掃除の時間だったのだ。しかし、私は、何と、空き教室に立てこもり、そのどちらにも出席しなかったのだ。
(続く)


※府中、野川公園で。自転車がなぎ倒されているというのに、写真撮影が続行されているのは、なぜだろう…?
【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 07:08 PM | コメント (0)

[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

October 24, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.6

24.jpg
 さて、話は私のトラウマに戻る。人前での演奏が苦手ならば、一人で弾いていればよろしい。だから、十三歳のトラウマについては、人前では演奏しなければ、苦しむことは少なかった。しかし、一人で演奏するようになった私は、そこでまた、新たな悩みを抱えることになる。

 ところで、生きていると、十三歳の頃のトラウマの他にも、いろんなトラウマを抱えることがある。小さなトラウマ、大きなトラウマ。あの頃の私は、とても神経質だった。だから、些細なトラウマにも、いちいち立ち止まっては、悩んでいた。不幸なことに、そういうトラウマを抱えやすい私にとって、ピアノは、これらのトラウマを、閉じ込めておいた檻から、放つための合図のようになってしまったのだ。


 どういうことかと言うと、ピアノを弾いている時というのは、黙っている時である。歌のように、口を動かす演奏スタイルではないから(弾き語りは別にして)、どうも考え込みがちになる。今はピアノそのもの、音楽そのものを楽しむことを知ったから、ピアノを弾きながら考え込むということは、なくなったけれど、あの頃の私は、まだ、音楽の楽しみ方、演奏の喜びを知ってはいなかった。


 だから、「ピアノを弾く」という、この無言の時間を、当時の私はよく、考える時間に充てていた。私にとって、黙っていることは、考え事をすることである。そして、考え事をすることは、トラウマの闇に戻ることだった。何頭ものトラウマを、心の檻に閉じ込めていた私にとって、ピアノは、その檻の扉を開ける、お節介な鍵だった。
(続く)


※3、4歳の頃(左)。右の姉のぬいぐるみに注目。これは前回(Vol.5)の写真のぬいぐるみと同じ種類。おじさんが2人にくれたんだ。ちなみに姉のこのぬいぐるみの名前は「トラちゃん」。私は「トラちゃん」が取られてしまったため、「トラトラちゃん」という無理な名前を付けたのである…。
【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 12:33 PM | コメント (0)

[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

October 03, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.5

23.jpg
 私のピアノ人生を振り返ってみた。弾き始めてから、早二十年。確か、五歳くらいに始めたのではなかろうか。

 初めて弾いた曲は、チャルメラだった。まだ、ピアノ教室へも通っていない頃。だから、三、四歳くらいだったろう。姉が弾く隣で、何となく、一番右端の鍵盤で、知っている曲が作れた、といった感じだった。姉はびっくりして、急いで父と母を呼びに行ったのを覚えている。日もすっかり暮れ、小さな星を抱えた群青色の空が、窓の外に広がる時刻だった。


 「お母さーん! サチエ(私の本名です)がピアノ弾いたよー!」

 姉は確かにそう言った。「お父さん」と呼ばなかったのは、なぜだろう。やがて、姉は父と母を従えて戻って来た。私は頼まれるままに、もう一度チャルメラを弾いた。

 チャララ~ララ、チャラララララ~♪

 父と母も驚いて、すごいと私に感心した。私はもう一度弾いた。やはり、みんなすごいと言った。


 しかし、当時の私は、別にすごくも何ともないのになあと思っていた。すごいと言うから、弾いてみるだけで、本人に自覚がまったくないことはよくあることだ。音楽の知識がゼロの人でも、楽器を目の前にすれば、何となくでも知っている曲を演奏することはできるだろう。音符が読めない小学生もで、リコーダーでドラゴンクエストの「序曲」を吹いてしまったり。そういえば、ちびまるこちゃんは、植木等のスーダラ節を吹いていた。あの頃の私も、それと同じことだった。(続く)


お知らせ:来週、再来週とお休み致します。次回は24日の予定です。


※3、4歳の頃の写真だと思う。おじさんからもらったトラのぬいぐるみを扱う。ちなみに、このトラのぬいぐるみの名前。「トラトラちゃん」。もう1つ「トラ」が多かったら、戦争映画になっていた…。
【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 12:06 PM | コメント (0)

[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

September 27, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.4

41.jpg
 うちのピアノ事情について、話していなかった。ピアノ、ピアノというくらいだから、大きなグランドピアノでも、あるのかと思われそうだが、そうではない。うちのピアノの歴史を辿ると、「フリーマーケットで買ったオルガン」→「近所で買ったキーボード」→「やはり近所で買った電子ピアノ(メーカー不明)」という具合なのだ。これで、合唱コンクールや卒業式のピアノ伴奏、KNT Musicの作曲をしてきたんだから、信じられないでしょう?

 そもそも、私の両親は、父親は多少、クラシックに興味があるが、母親はゼロに近い。私が年明けの「ニューイヤー・オペラコンサート」なんかを見ていると、後ろでじっと見つめながら、一言。「何がいいんだかね」と漏らしていく。私の歌の先生のリサイタルに行った時も、終わった後、感動している私の横で、「ねぇ、先生も国民年金、払うのかな?」と一言。「何で?」と私が訊き返すと、「だって、あんな上品な先生が、国民年金なんて、似合わないじゃない~」と。あの演奏を聴きながら、そんなこと考えていたのか……。連れて来なければ良かったと思ったのは、言うまでもない。


 そんな家庭環境だから、ピアノの必要性を訴えても、ほとんど伝わらない。今思えば、オルガンもキーボードも電子ピアノも、最終的に、クラシックをちょこっとかじった、父親が判断して、買ってくれたように思う。だけど、それもピアノ云々ではなく、ただ、父自身が弾いてみたかったのだと思う。だって、父は機械類が好き。キーボードなんて、最初の方は、弾かせろ、弾かせろと、うるさかったもの。


 ところで、ピアノは88鍵。キーボードは76鍵。キーボードでピアノ曲を練習して、鍵盤は足りるの? という疑問が湧く人も、いるかもしれない。結論から言うと、足りない。中学三年生の合唱コンクールで、弾いた曲なんて、上から下まで、ほとんど使うような曲だった。それでも、本番、ちゃんと弾けたのはなぜか? 答えは、私が怖いもの知らずだったから。


 どういうことかと言えば、例えば、2オクターブ上のラを弾きたかったとしよう。しかし、鍵盤が足りない。そんな時は、鍵盤が足りている1オクターブ上のラを、(つまり、本来より1オクターブ低いところで)「これは2オクターブ上のラだ」と信じ込ませて、練習していたのだ。だから、鍵盤が尽きるところまでいくと、1オクターブ下に戻ってくる、という演奏方法になる。左手の場合は、その逆。本番は、普段、1オクターブずらして練習しているところを、本来の音でいきなり弾く。まさしく、ぶっつけ本番である。だから、弾いたことのない音を、本番でいきなり弾いていたんだ。今考えてみれば、有り得ないよね……。(続く)


※写真は多摩川の近くを母親と走っている様子。この母だよ、先生のリサイタルで、とんちんかんな感想を言ったのは……。
【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 11:14 AM | コメント (0)

[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

September 19, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.3

43.jpg
 人前で演奏する恐怖って、体験した人にしか、わからないと思う。プレッシャーや緊張で、手足が震えて、頭が真っ白になって……。私がいつも怖いと思うのは、何よりも、暗譜をしても、忘れてしまうこと。人間の脳って、思っている以上に頼りない。

 これは、歌でも同じ。私は一年半くらい、歌を習っているのだけれど、四月の発表会の時。三好達治の『少年』という歌で、一瞬、歌詞を忘れそうになった。「暮れやすい一日に」の「暮れやすい」をど忘れして、二小節くらい前まで、出て来なかった。本当にギリギリのところで、ピアノのメロディに助けられ、ようやく思い出して、「暮れやすい~」と、本当は、心臓バクバクなのに、何事もない顔をして歌った。


 この暗譜というもの。とっても厄介。「vol.2」でも書いたように、一年生の時、私は、弾いている場所を見失う、という失敗をした。だから、二年生になった時には、徹底的に暗譜した。そして、何とか乗り切った。でも、三年生の時。危なかった。演奏に入る前のこと。舞台に入場して、みんなが整列している間、私はそっと鍵盤を押してみたりして、コソコソと音の確認をした。その時。あれだけ練習したというのに、最初の音がわからなかったのだ。もうこうなったら、同情するしかないくらい、かわいそうな伴奏者。「恐怖」「緊張」「プレッシャー」という三拍子の圧力は、実に怖い。


 ところで、私はKNT Musicという、詩の朗読や音楽制作の活動もしているのだけれど、この活動をたち上げられたのは、実は、「あのピアノ伴奏をやったんだから」という、自信によるところが大きい。そういう意味では、あの経験には感謝。とはいえ、KNT Musicでの私の担当は、作詩・作曲・朗読・ソプラノで、ピアノではない。ピアノはね、やっぱりまだダメ。実はまだ、あの中学一年生でのトラウマから、抜け出していないんだな。(続く)


※写真は家の栗の木に登っている様子。この木には、よく登ったよ。でも、引っ越す直前で、どういうわけか枯れてしまった……。何があったんだろう。
【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 02:41 PM | コメント (2)

[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

September 12, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.2

05.jpg
 初めての合唱コンクール。私は何の疑問も持たずに、ピアノ伴奏者に。難しい曲ではなかったし、幼少の頃、数年習っただけの私が、弾けるくらいなのだから、たいしたことないと思っていた。が、甘かった。というのも、私が習っていたピアノは、近所の歌の先生が、副業で行っていたレッスン。発表会というものさえ、出たことがなかった。

 バイエルはやったけれど、他の楽譜は、NHKの「みんなの歌」とか、そんなものばかり。いまいち、ピアノらしくなかった。ツェルニーとか、モーツァルトとか、クラシックをやってみたかったのだけれど……。(かっこいいから)


 そんな私が、全校生徒+先生+来賓+父兄の前で、いきなり弾くのだから、今思えば、こんなに危なっかしいことはない。だけど、当時の私は、事の重大さを知らないから、へのかっぱ。そういう気の緩みが、ミスに繋がるんだよね。


 本番。最初は順調だった。緊張もそんなにしていない。今まで通り、いたって普通に曲は進む。この普通な感じが、良くなかったのかな。だってこの曲、同じリズムがずっと続いていて、譜面も同じリズムの音符が並んでいて、自分がどこを弾いているのか、見失いやすい。で、見失った。


 一瞬、ちょうど一拍か半拍くらい。私は、弾いている場所を見失って、演奏をストップさせてしまったのだ! 頭、真っ白。心臓、口から出そう。見るに見兼ねて、神様が援助してくれたくらい奇跡的に、次がどこなのか、信じられない速さで、がむしゃらに見つけ出して、また、演奏を続けた。後で聞くところによれば、指揮者のI君も、一瞬、えっ? って、私を見たらしい……。(友人Yによる証言)


 この、たった一度の失敗から、私のピアノ嫌いは、始まったのだ。ピアノが弾きたい。でも、失敗するかもしれなくて、怖い。何という悪魔のジレンマ! まだ、幕が開けたに過ぎないんだよ。トホホ……。(続く)


※ この頃は、まだジレンマというものを味わったことがない。ポーズをとる前に、シャッターを押されて、狐みたいな顔になっている。(右)野川公園へ行く途中か、多磨霊園の中のどちらか。
【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 12:45 PM | コメント (0)

[ ピアノが弾きたい ] カテゴリー

September 05, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.1

09.jpg
 私には、ピアノが嫌いだった時期がある。ちょうど、十三の秋から、二十一くらいまで。この約八年間は、私にとって、弾きたい、でも弾けない、という、悪夢のジレンマの日々だった。


 みなさんの中学校では、合唱コンクールというものが、あるだろうか。私が通っていた中学では、秋になると必ず、この合唱コンクールが開かれ、クラス対抗で、一位、二位を争っていた。私はこれのピアノ伴奏を、不本意にも三年間務めた。

 最初が悪かったのだ。というのは、中学に入学して、初めての音楽の時間。アンケートが配られた。そこには、「あなたは、ピアノを弾けますか?」という質問があった。私はこれを、ただのアンケートだと勘違いして、「はい」に丸を付けた。すると質問は、「どんな曲を弾けますか?」に続いた。勘の鈍い私は、ここでも、ただのアンケートだと思い込み、「モーツァルトの『トルコ行進曲』」と書いた。これが、まずかった。


 ある日、私は、音楽教師から、授業でのピアノ伴奏を頼まれた。音楽教師は、あの、最初の授業のアンケートをもとに、ピアノ伴奏者を探していたのだ。(ちなみに、このアンケートのカラクリに気づいたのは、つい最近である)やはり、勘の鈍い私は、何の疑問もなく、ピアノ伴奏を引き受けた。この決断が、後の八年間、私を苦しめることになろうとは、夢にも思わずに……。(続く)

※写真は九州の宮崎に行った時のもの。まさか21世紀に入り、一人の知事の力で話題の県になるとは知らず、当時で一番カッコいいポーズをとっている。
【KNT ROOM】私のHPです

投稿者 きつね子たぬき : 02:26 PM | コメント (0)