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[September 2007] エントリー一覧

September 27, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.4

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 うちのピアノ事情について、話していなかった。ピアノ、ピアノというくらいだから、大きなグランドピアノでも、あるのかと思われそうだが、そうではない。うちのピアノの歴史を辿ると、「フリーマーケットで買ったオルガン」→「近所で買ったキーボード」→「やはり近所で買った電子ピアノ(メーカー不明)」という具合なのだ。これで、合唱コンクールや卒業式のピアノ伴奏、KNT Musicの作曲をしてきたんだから、信じられないでしょう?

 そもそも、私の両親は、父親は多少、クラシックに興味があるが、母親はゼロに近い。私が年明けの「ニューイヤー・オペラコンサート」なんかを見ていると、後ろでじっと見つめながら、一言。「何がいいんだかね」と漏らしていく。私の歌の先生のリサイタルに行った時も、終わった後、感動している私の横で、「ねぇ、先生も国民年金、払うのかな?」と一言。「何で?」と私が訊き返すと、「だって、あんな上品な先生が、国民年金なんて、似合わないじゃない~」と。あの演奏を聴きながら、そんなこと考えていたのか……。連れて来なければ良かったと思ったのは、言うまでもない。


 そんな家庭環境だから、ピアノの必要性を訴えても、ほとんど伝わらない。今思えば、オルガンもキーボードも電子ピアノも、最終的に、クラシックをちょこっとかじった、父親が判断して、買ってくれたように思う。だけど、それもピアノ云々ではなく、ただ、父自身が弾いてみたかったのだと思う。だって、父は機械類が好き。キーボードなんて、最初の方は、弾かせろ、弾かせろと、うるさかったもの。


 ところで、ピアノは88鍵。キーボードは76鍵。キーボードでピアノ曲を練習して、鍵盤は足りるの? という疑問が湧く人も、いるかもしれない。結論から言うと、足りない。中学三年生の合唱コンクールで、弾いた曲なんて、上から下まで、ほとんど使うような曲だった。それでも、本番、ちゃんと弾けたのはなぜか? 答えは、私が怖いもの知らずだったから。


 どういうことかと言えば、例えば、2オクターブ上のラを弾きたかったとしよう。しかし、鍵盤が足りない。そんな時は、鍵盤が足りている1オクターブ上のラを、(つまり、本来より1オクターブ低いところで)「これは2オクターブ上のラだ」と信じ込ませて、練習していたのだ。だから、鍵盤が尽きるところまでいくと、1オクターブ下に戻ってくる、という演奏方法になる。左手の場合は、その逆。本番は、普段、1オクターブずらして練習しているところを、本来の音でいきなり弾く。まさしく、ぶっつけ本番である。だから、弾いたことのない音を、本番でいきなり弾いていたんだ。今考えてみれば、有り得ないよね……。(続く)


※写真は多摩川の近くを母親と走っている様子。この母だよ、先生のリサイタルで、とんちんかんな感想を言ったのは……。
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投稿者 きつね子たぬき : 11:14 AM | コメント (0)

September 19, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.3

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 人前で演奏する恐怖って、体験した人にしか、わからないと思う。プレッシャーや緊張で、手足が震えて、頭が真っ白になって……。私がいつも怖いと思うのは、何よりも、暗譜をしても、忘れてしまうこと。人間の脳って、思っている以上に頼りない。

 これは、歌でも同じ。私は一年半くらい、歌を習っているのだけれど、四月の発表会の時。三好達治の『少年』という歌で、一瞬、歌詞を忘れそうになった。「暮れやすい一日に」の「暮れやすい」をど忘れして、二小節くらい前まで、出て来なかった。本当にギリギリのところで、ピアノのメロディに助けられ、ようやく思い出して、「暮れやすい~」と、本当は、心臓バクバクなのに、何事もない顔をして歌った。


 この暗譜というもの。とっても厄介。「vol.2」でも書いたように、一年生の時、私は、弾いている場所を見失う、という失敗をした。だから、二年生になった時には、徹底的に暗譜した。そして、何とか乗り切った。でも、三年生の時。危なかった。演奏に入る前のこと。舞台に入場して、みんなが整列している間、私はそっと鍵盤を押してみたりして、コソコソと音の確認をした。その時。あれだけ練習したというのに、最初の音がわからなかったのだ。もうこうなったら、同情するしかないくらい、かわいそうな伴奏者。「恐怖」「緊張」「プレッシャー」という三拍子の圧力は、実に怖い。


 ところで、私はKNT Musicという、詩の朗読や音楽制作の活動もしているのだけれど、この活動をたち上げられたのは、実は、「あのピアノ伴奏をやったんだから」という、自信によるところが大きい。そういう意味では、あの経験には感謝。とはいえ、KNT Musicでの私の担当は、作詩・作曲・朗読・ソプラノで、ピアノではない。ピアノはね、やっぱりまだダメ。実はまだ、あの中学一年生でのトラウマから、抜け出していないんだな。(続く)


※写真は家の栗の木に登っている様子。この木には、よく登ったよ。でも、引っ越す直前で、どういうわけか枯れてしまった……。何があったんだろう。
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投稿者 きつね子たぬき : 02:41 PM | コメント (2)

September 12, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.2

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 初めての合唱コンクール。私は何の疑問も持たずに、ピアノ伴奏者に。難しい曲ではなかったし、幼少の頃、数年習っただけの私が、弾けるくらいなのだから、たいしたことないと思っていた。が、甘かった。というのも、私が習っていたピアノは、近所の歌の先生が、副業で行っていたレッスン。発表会というものさえ、出たことがなかった。

 バイエルはやったけれど、他の楽譜は、NHKの「みんなの歌」とか、そんなものばかり。いまいち、ピアノらしくなかった。ツェルニーとか、モーツァルトとか、クラシックをやってみたかったのだけれど……。(かっこいいから)


 そんな私が、全校生徒+先生+来賓+父兄の前で、いきなり弾くのだから、今思えば、こんなに危なっかしいことはない。だけど、当時の私は、事の重大さを知らないから、へのかっぱ。そういう気の緩みが、ミスに繋がるんだよね。


 本番。最初は順調だった。緊張もそんなにしていない。今まで通り、いたって普通に曲は進む。この普通な感じが、良くなかったのかな。だってこの曲、同じリズムがずっと続いていて、譜面も同じリズムの音符が並んでいて、自分がどこを弾いているのか、見失いやすい。で、見失った。


 一瞬、ちょうど一拍か半拍くらい。私は、弾いている場所を見失って、演奏をストップさせてしまったのだ! 頭、真っ白。心臓、口から出そう。見るに見兼ねて、神様が援助してくれたくらい奇跡的に、次がどこなのか、信じられない速さで、がむしゃらに見つけ出して、また、演奏を続けた。後で聞くところによれば、指揮者のI君も、一瞬、えっ? って、私を見たらしい……。(友人Yによる証言)


 この、たった一度の失敗から、私のピアノ嫌いは、始まったのだ。ピアノが弾きたい。でも、失敗するかもしれなくて、怖い。何という悪魔のジレンマ! まだ、幕が開けたに過ぎないんだよ。トホホ……。(続く)


※ この頃は、まだジレンマというものを味わったことがない。ポーズをとる前に、シャッターを押されて、狐みたいな顔になっている。(右)野川公園へ行く途中か、多磨霊園の中のどちらか。
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投稿者 きつね子たぬき : 12:45 PM | コメント (0)

September 05, 2007

エッセイ:ピアノが弾きたい Vol.1

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 私には、ピアノが嫌いだった時期がある。ちょうど、十三の秋から、二十一くらいまで。この約八年間は、私にとって、弾きたい、でも弾けない、という、悪夢のジレンマの日々だった。


 みなさんの中学校では、合唱コンクールというものが、あるだろうか。私が通っていた中学では、秋になると必ず、この合唱コンクールが開かれ、クラス対抗で、一位、二位を争っていた。私はこれのピアノ伴奏を、不本意にも三年間務めた。

 最初が悪かったのだ。というのは、中学に入学して、初めての音楽の時間。アンケートが配られた。そこには、「あなたは、ピアノを弾けますか?」という質問があった。私はこれを、ただのアンケートだと勘違いして、「はい」に丸を付けた。すると質問は、「どんな曲を弾けますか?」に続いた。勘の鈍い私は、ここでも、ただのアンケートだと思い込み、「モーツァルトの『トルコ行進曲』」と書いた。これが、まずかった。


 ある日、私は、音楽教師から、授業でのピアノ伴奏を頼まれた。音楽教師は、あの、最初の授業のアンケートをもとに、ピアノ伴奏者を探していたのだ。(ちなみに、このアンケートのカラクリに気づいたのは、つい最近である)やはり、勘の鈍い私は、何の疑問もなく、ピアノ伴奏を引き受けた。この決断が、後の八年間、私を苦しめることになろうとは、夢にも思わずに……。(続く)

※写真は九州の宮崎に行った時のもの。まさか21世紀に入り、一人の知事の力で話題の県になるとは知らず、当時で一番カッコいいポーズをとっている。
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投稿者 きつね子たぬき : 02:26 PM | コメント (0)