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June 15, 2007

コラム:いっぱい来るよ

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 八月とは、私たち日本人にとって、一年の中でも特別な月でしょう。なぜなら八月には 、終戦記念日という特別な一日があるからです。  私は伝えたいのです。涙を流すだけでは、同情を示すだけでは、平和は維持できないと。手を合わせると同時に、ぜひ行動し、発言し、また表現して欲しいのです。涙を流すこと、同情すること以上に、行動することこそが、平和維持に繋がるのです。一見、不動に見える「維持」することにも、流動的な「行動」が不可欠なのです。


 日本人に、平和を維持する行動、発言、表現の勇気がない理由の一つは、戦争についての知識が不足しているからだと思います。知らなければ、コメントもできませんし、何をしていいのかもわかりません。そこで私はこのように提案します。知ることから始めるというよりは、知るために行動しましょう。知った後で行動を起こすという試みを、私たちは幾度も試してきましたが、実際問題、動かない人は多いものです。だから、まずは知るために行動を起こしましょう。


 戦争体験者は、体験を語るだけでも精一杯です。なぜなら、傷ついているからです。戦後に産まれた人たちの八月の使命は、彼らの口となり、足となり、そして、過去を伝え続け、平和維持とさらなる人間の変化を遂げることだと思うのです。


 ところで、昔、テレビで東京大空襲の特集がやっていました。それを見て、私は祖母から聞いたある話を思い出しました。数年ほど前の冬、東北の凍てつく冷気が、家のあらゆる隙間から吹き込んでくる晩のことです。私は、暗い灰色の天窓が、雪の重みで落ちて来ないか心配して、時々上を見上げながら、祖母の話を聞いたものです。


 それは、今から六十年前のことです。場所は日本。時代はそろそろ終戦を迎える頃です。 祖母が数人の仕事仲間と、当時の流行歌を「ひっそり」歌っていた時です。(流行歌には歌えないものもあったのです)
「しっ!」
 仕事仲間の一人が口に指を当てました。憲兵の足音が聞こえてきたのです。祖母たちはすぐに口を塞ぎました。歌を歌っていただけのことで処罰されるなんて、まっぴらごめんです。
 果たして憲兵は現われました。しかし彼は、祖母たちを怒ることなく、ただ静かにこう言ったそうです。
「今にアメリカや外国の人がいっぱい来るよ」
 その時は、祖母には憲兵が言った言葉が、よくわからなかったそうです。それから間もなくのこと。ノイズのひどいラジオの中から、その意味を知ったのです。


 戦後六十年。ぼんやりしていたら、世界大戦という人類の大きな禍根は、あっという間に過去の砂の中に埋もれてしまいます。木を見て森を見ない現代人に、立ち返って、過去を掘り起こせといっても難しいでしょう。しかし、だからといって、怠けていてはいけません。
 平和という言葉に重みがなくなったのは、私たちのせいです。目を閉じていた時間が長過ぎて、もう、この際だから、このまま通り過ぎてしまえ! と自棄を起こしているようにさえ感じますが、どうですか?
【KNT ROOM】
【ポエトリーリーディング KNT Music】
写真提供【NOION】

投稿者 きつね子たぬき : June 15, 2007 08:41 AM

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