[April 2007] エントリー一覧
April 28, 2007
コンテスト受賞のお知らせ
コンテスト受賞のお知らせです。
第22回フーコー短編小説コンテストにおいて、作品『花咲く丘』が佳作を受賞致しました。
地道でスローペースでしか進めない私を、見捨てずに、いつも背中を押し続けてくれたみなさん。どうもありがとうございました。これからも、きつね子たぬきにしか書けない作品で、みなさんを感動させたいです。
2007年4月 新しいバラの花を花瓶に生けた日に
きつね子たぬき
April 25, 2007
「おはよ」
私と私の席の斜め前のHさんとは、特に仲が良いわけではありませんでした。私はもともと、気の合う人としか付き合う気がない子供でしたし、クラスの人数も多いので、一年間一緒にいても、喋ったことがない人もいました。
朝、私が教室に入る時、Hさんはいつも、机に突っ伏して寝ていました。確かHさんは、朝早くの送迎バスで、学校に来ていたはずです。
私が自分の席に着き、鞄を机にトンと置くと、Hさんは必ず、むくりと起き上がりました。そして、ちょっと私の方を向いて、何やら、むにゃむにゃと呟くのでした。
私は最初、彼女が何を言っているのか、わかりませんでした。だから、彼女は到着した私に気づいて、寝言を言いながら、顔を上げるのだとばかり思い込んでいました。しかし、ある時、私は、いつも彼女が呟く言葉をはっきりと聞き取ったのでした。
「おはよ」
それに気づいた時、私は、
(しまった!)
と思いました。なぜなら、彼女はいつも私に「おはよ」と挨拶をしていたのに、私は寝ぼけているのだとばかり思って、返事すらしなかったのです! むしろ、寝ている彼女を起こしてはいけないと、なるべく物音を立てないように、教科書を出したりしていたのでした。
彼女のむにゃむにゃが、実は「おはよ」という朝の挨拶だとわかってから、私は、いつものように、彼女がむにゃむにゃと言う度に、「おはよう」と返すようになりました。しかもそれは、一年生もだいぶ過ぎた頃からのことなのです。
Hさん、あなたという人は! 返事をしない私に、よくもめげずに挨拶をし続けたこと! ああ、あなたの「おはよ」に、ずっと返事を返さなかった私を、どうか許してね。
【KNT ROOM】
【ポエトリーリーディング KNT Music】
写真提供【NOION】
April 19, 2007
薄紅色の思い出
ある老舗和菓子屋で、短期間のアルバイトをしていた時のことです。私の仕事は、店の前に特設された売り場で、期間限定の和菓子などを売ることでした。その日はとても暑くて、体力が消耗する原因の半分は、恐らく暑さのためだろうと思われるくらいでした。
この仕事は、同じところに八時間立ちっぱなしの仕事でしたので、お客様が来る時はいいのですが、来ない時間帯になると、さすがに退屈になってくるのです。ですから私は、お客様が来ないほとんどの時間を、目の前を行き過ぎる人たちを眺めたりして過ごしていました。
私の忘れられない人は、着物を着た一人のおばあさんでした。その方は、品物を眺めながら、売り場に近づいて来ました。その時、私は彼女が着ている着物を見て、ハッとしたのでした。というのも、その色が薄紅色だったからです。
私の祖母は、ピンクやブルー、鶯(うぐいす)色ですら、着たことがない人でした。そんな色は派手だと、いつもグレーや茶色ばかりを好んで着ていました。時々、母が明るい色の洋服を贈ったりすると、恥ずかしいと言って、箪笥の奥にしまってしまうのでした。そんな祖母を、母はいつも、
「派手だなんて、誰も思わないのに」
と残念そうに呟くのでした。
売り場に近づいて来たおばあさんは、私に二言、三言、何か話しかけたはずです。今ではもう、何を話したのか覚えておりませんが、ただ、彼女の着物があまりにも似合っていたことだけは覚えています。無地の薄紅色の着物に、無地のワインレッドの帯。どちらにも柄はなく、落ち着いた雰囲気を出していました。
私は思いました。
(ピンクのどこが派手なのよ! 目の前のおばあさんは、こんなに上品に着こなしているのに!)
と。
年齢によって、着てはいけない色などないのです。もし、あのおばあさんの着物を祖母に見せたら、いつかは彼女も、ピンクの服を着てくれるでしょうか。
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April 11, 2007
最後は一人で
私たちには必ず、落ち込んだ時には、手を差し伸べてくれる人がいます。それは、親兄弟であったり、友人であったり、職場の仲間であったりします。誰もいないと思っている人は、もしかしたら、気づいていないのかもしれません。「助けて欲しい!」と叫んだ時、世の中は思っている以上に温かいものです。
しかし、誤解してはいけません。助けてくれるといっても、あれこれしてくれるわけではないのです。彼らは支えてくれるだけです。だから、最後の最後は自分の力で立ち上がりましょう。温かさにいつまでも甘えていてはいけません。人の手を借り過ぎると、それに慣れてしまって、立ち上がり方を忘れてしまいますから。
最後は一人がいいです。なぜならば、立ち上がったこと、その道を選んだことに、責任を持てて、次にまた立ち上がれなくなった時は、前よりも楽に立ち上がれますから。最後は一人。一人きりで立ち上がりましょう。
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April 08, 2007
endless
絶えない言葉は川の流れのように
口ずさまずにはいられない歌は 泉のように
溜め息と共に
切なさと共に
ひ弱な心がこぼれ落ちる
詩はその心にそっと寄り添い
悲しみの肩を抱く
【作品への思い】 私と言葉の関係を描きました。私にとって言葉とは、絶えず流れる川の流れのようなもの。 もしくは、こんこんと湧き出る泉のようなもの。この様子を『endless』というタイトルで表現しました。 そして私の中から生まれた言葉(詩)は、もう一人の私となって、慰めてくれます。 きつね子たぬき
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April 04, 2007
Uさんの言葉

大学生の頃、私にはしばらくの間、学校のカウンセリングルームに通っていた時期があります。不眠が続いていた時に、知り合いがカウンセリングルームの存在を教えてくれたのがきっかけでした。
私を担当して下さったカウンセラーは、女性の方でした。不眠のことなど何も知らない私を、医務室まで、心療内科の先生を紹介しに連れて行ってもくれた、本当に親切なカウンセラーでした。彼女の名前はUさんといいました。
質問したことはありませんでしたが、Uさんは、恐らく先天性のご病気で、両腕が半分くらいの長さしかありませんでした。しかし、不自由な素振りなど一度も見せたことはありませんでした。ドアを開けるのも、椅子を引くのも、字を書くのも、すべて一人で行っていました。きっと多くの苦労をしてきたに違いありません。しかし、そのような様子を一切見せず、また、話すこともありませんでした。
このUさんが私に教えてくれたことの中で、特に私の心に響いた言葉が二つあります。一つ目は、
「環境は変えられるんだよ」
ということです。行き詰っていた私にとって、この言葉は、新たな発見として、新鮮に響きました。環境は変えられるというのは、今、目の前でごちゃごちゃしているものを、どうにかして自分の力で変革しようということではありません。自らがより良い環境へと移動すればよいということなのです。垢のようにこびりついてしまったものを、躍起になって落とそうとするのではなく、そんな場所にこだわらずに、自分が動きやすい別の環境へと、さっさと旅立ってしまえばよいという意味なのです。頭が固かったあの頃の私にとっては、まさに目から鱗でした。
(そうか! 環境は変えられるのか!)
そう思うと、私の心は急に明るくなるのでした。
それからもう一つ。
「受け入れるんじゃなくて、受け止めるだけでいいんだよ」
ということです。これにも脱帽です。向かって来るものを、すべて自分の中に受け入れてしまうのではなく、とりあえず受け止めておく。中へ入れてしまうのではなく、玄関先で止めておく。これは、嫌な問題に対して、実に賢明な策だと思います。中へ入れてしまってから、どのように対処すればよいのか、あれこれ考えるのではなく、玄関先で立ち話をしながら、その間に、中へ入れるか否かを考える。これならば、どんな問題でも、パニックにならずに済みます。なんて賢いのでしょう!
今はもう大学を卒業し、私がカウンセリングルームを訪れることはありませんが、それでも時々、Uさんが私に教えて下さった二つの言葉を、ゆっくり噛みしめては、一人頷いています。Uさんは今でもお元気かしら?
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